イライラしながらも見てしまう『大田総理〜』ですが(汗)。
Zoikhemは『格差社会と言う現代日本批判テーゼ』に違和感を覚えます。
違和感の正体は色々に分析されるのですが、其の一つが以下の様なものです。
先ほど或る野党議員が仰っていた、
「東大生の殆どは富裕家庭から出ている」
→
「これは、経済格差が教育格差を生み出している証明」
的な意見には、結果として同じでも其の構成要素に大きな欠落があると思うんですよねぇ。
社会格差、特に経済格差の要因の中で最大にして根源的なモノは…
過激な寸鉄であるかもしれませんが、それは完成しつつある『能力格差』だとZoikhemは思うのです。
この場合は『能力』の定義が偏屈に過ぎますが、この『能力の集中』こそが権益の集中の源泉であると、そうZoikhemは考えるのです。
『カシコな男とカシコな女が生殖・繁殖するのなら、カシコな子供が出来る確率が高いのは当たり前』であって、現代日本で有利な能力な持つ『系統』が育っていくのも、其れも当たり前であるなぁ、と。
究極的に言えば、欧州中世貴族に特定の遺伝病が多かったと言うのと、同じであるのかもしれません。
純粋に遺伝的な問題でもあるなぁ、と『批判テーゼとしての格差社会』を遠くから思うZoikhemでした(汗)。
でも、本当は同じような能力傾向を持つもの同士が純粋培養を繰り返していくのは『選択の多様性・可能性』と言う観点からは非常に危険な事なんですよねぇ。
進化の袋小路に邁進しているわけですから、或る意味。
過剰に限定されたの条件、環境でしか己の優位を持ち得ない事は、生物としては非常に危ういはずです。
逆に言えば、女子アナウンサーが野球選手を非常な高確率で生殖相手に選ぶのは、遺伝子の命令としては実に正しいわけです(笑)。
己の遺伝子に欠けているであろう、肉体的な頑健さとアスリート的な経済活動の優位さ、と言う『選択の多様性』を子孫に組み込めるわけですから。
えぇ、正しいのです、凄く。
生物としては(笑)。
この話を進めると某兼業タレントである美人女医の如き、
「金銭的に恵まれて育ち、己も金銭を獲得する術を充分持ち合わせているにも関わらず、生殖相手に過剰な経済能力を最低条件として求める」人間は、遺伝子の軛から自由になったニュータイプであるのか?というテーマに行き付く訳ですが、其れはまた別のお話。
いや、将来的にも、多分しませんけど(笑)。
因みに、Zoikhemは現在どちらかと言うと格差の下の側から上を眺めております(汗)が、現状の日本に構造的な不満は持ち合わせて折りません(各論は別として)。
只のZoikhemの能力不足が原因の様です(涙)。
現状の善悪を問うている訳ではありませんよ(汗)。
いつもながらの只の戯言です。
一応言い訳として最後に。
DINO
といえば、珍しく『ちゃんと終わった』柳沢きみおの作品であります(笑)。
仕舞
Zoikhem