北欧では『一人の男の強固な意志(其の善悪は問いません)』が100人近くの命を奪いました。
彼の国の法律では最長で21年の禁固刑に処せられるとか。
奪われた命の価値と、奪った命の価値。
素人目には、既に天秤自体が倒れるほどにバランスを逸しているようにも思えます。
一方。
亜細亜の大国では『結末が自明な国権の暴走』によって無辜な人民の命が40人以上奪われました。
そして事後調査どころか救出活動も徹底されないまま、事故証拠の隠滅、さらには朝令暮改の体たらくで再『発掘』の悲喜劇。
犠牲者への保証金が異例なほどに早く発表され、事故を歴史的な事実へと葬り去ろうとする強い国家の意思が暴走し続けています。
葬る事は恐らくは無理でしょうが。
上記の事件では、奪われた一人の命当たり『80日』程の拘束期間になるそうです。
奪った数が数で、刑罰の上限は有限ですので。
『罰』を神の占有事項と捉える基底音ゆえか、彼の宗教圏では死刑がドンドンと廃止されています。
冤罪の可能性だとか、国家による殺人の是非だとかは(当事者は気づかないでしょうが)恐らくは問題の些末事です。
根底にあるのは、審判の日への刷り込み的な恐れ。
また事件の背景である多文化主義の理想は、現実を前にして世界中で敗退を続けています。
今更、導入を図るこの国の未来は、危ういとZoikhemなどは感じます。
下記の事件では、この国にしては破格の「一人当たり600万円相当」の保証金が提示されたようです。
最果ての彼方より、この国の歴史書は人命の安さを繰り返し語っています。
唯物を背骨とする現政権下での60年で、霊的な、或いは神的なものへの尊崇を喪失した結果、其の傾向に拍車が掛かったのかもしれません。
死刑制度の是非を含めて、人の命の価値に何という地域差があることか。
ただ、部外者が口を挟める話題では無いとも思うのです。
其々の国で、文化圏で、命を価値を決めていくべきかな、とも。
差し出口を外から投げかけるな、とも。
逆に言えば。
この国の命の価値に関しては、死刑制度や、今回の震災での保証、または生活保護の範囲、さらには憲法13条の実体的な運用なども含めて、当事者たる私たちが真剣に考えていかなければならない事であるのは確かだと思います。
亡くなられた方を『ザマァ』と笑いの的にする暇があるのならば、もっとするべき事があるはず、かな。
おっと、固い話題(汗)。
本題としては。
会員棟を更新しました。
シリーズ物の夏露出です。
日を開けずに縄遊びに進みます(謎)。
今日の更新から没
日本が誇る大スターです、後ろは(笑)。
仕舞
Zoikhem