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人が人である限り避けられない

神ならざる人は、
その人の能力&立場から期待される成果を下方に逸脱する行為=失敗
から決して自由ではありません。

実際には、多くの神話で神様も失敗だらけです(汗)。


発生した失敗には其れに相応しい結果、例えば〜何らか罰や喪失〜、が付則する事になりますが、
大切なのは
発生した期待違い=失敗』と『その結果もたらされるマイナスの果実=罰
のバランスだと思うわけです。

もちろん、調和が取れている事が必要なわけですけども。

同時に、そういった『釣り合い』は絶対固有のものではないはずです。
時代の要請、時流、環境などによってバランスの支点は変わってくるはずです。
そういったバランスの人類全体の集合知が、いわゆる法律だったりしますし。


で。
バランス取れてんのかなぁ、と最近首をかしげることが多いのが医療事故に関する問題。
今日だけでこんなにニュースが上がっています

トップに上がっているニュース。
この文面だけでは其の詳細な実態が全く判りませんし、詳細が書いてあったところで専門知識を持ち合わせていない大多数の人間にとっては、其の実態に辿り着く事は出来ないでしょう。

心配になるのは、捜査する側が、何処まで専門知識を持ち合わせ事故(or事件)の実態に迫ることが出来ているのか、と言うことです。

医療は、そもそも人の生き死にを扱う業務ですし、その結果発生する失敗もまた人の生き死に関わることであるのは疑いはありません。

しかし、ここで見逃してはならないのは『人の死=医療の失敗』ではないと言うことです。
患者が結果として亡くなられたから、全てが全て医療従事者の責任では無い筈です。


仮に医療従事者による失敗の存在が確かであるとしても、其の程度もまた問題です。
たとえば致命的な結果に其の失敗がどれほど関係しているか、其の失敗無しでは致命的な結果は起きなかったか否か。
また、其の失敗が『どの程度に期待はずれか』も重要なはずです。
重過失と言えるほどの期待外れなのか否か。
期待されない結果が充分に予測されるほどの困難な状況か否か。


こういったことを警察が捜査する事は、相当な困難であると思うんですよねぇ。
医療の専門家をフル回転させて、更に、其の個別の事情を再現、考慮して…。

少なくとも、よほどの事でないと『刑事事件』には馴染まない気がします。

かといって、民事裁判に馴染むか、といってもそれは其れで結構困難な気もします。
この場合は被害者の側の被害立証のハードルがとんでもなく高いですし…。
ん?大変でもないかな?
訴えられる医者が多すぎて、産科や小児科の現場は人手不足が深刻だなんて現状を見るにつけ(汗)。

患者の側から見て納得行かない結果
に一々責任とらなきゃいけない可能性を抱えつつ日々仕事に当たるなんて、あまりに過酷。

もちろん、なるべくなら失敗は少なくするべきです。
ただ、計上するほどではない些細な失敗、あるいは失敗とは呼べないほど可不可が拮抗している現場における、双方が望まない結果を、すぐさま医療従事者の責任論に持っていくのは、危険すぎるように思えるのです。

結果が重大=責任が重大とは限らないわけですから…。


行き過ぎた責任追及は、結果として患者の為にもならないと思いますしね。
救急医療が逼迫している原因の一つですよね、訴訟が怖くてそういう分野の医者が減っていっているのは。


スイマセン。いつも以上に筆が乱れております。
酔っ払いの所為です。
この時期飲み会が多くて、一日中酔っている気がします(汗)。
今日は飲み会はないのですが、何故か一人で飲みすぎました。



わかめちゃん1&2
没箱に入っていたんですが、既に公開しているかもしれません(汗)。

仕舞
Zoikhem

Comments

ウェンリー | 2008/Mar/13 21:43

Zoikhemさま、こんばんは。命を預かる者の失敗、文字通り命にかかわる。「手術は病院がするのではない医者が執刀するのだ」といった人が居たなー、おじが胃がんで胃の全摘手術のときは5人手術して生きて帰ってきたの叔父だけだった。外科部長が執刀した患者さん止血が不良でベッド血だらけでICUから出る事無く亡くなった。叔父は某大学の腕のたつ先生を引っ張って来て貰い(ウラでだいぶ礼金を・・)執刀で、30年近くたつのに80歳超えているのに自分で車運転して遊びに来る。
 手術する執刀医の技量で寿命が決まるのですかね、ある意味「究極のロシアンルーレット」だったりして。

ウェンリー | 2008/Mar/13 21:57

 でもヒョウタンからコマみたいに失敗から大成功した例も多々あるよ、一番有名なのはchoyeさんも大好きであろう「タルトタタン」。りんごのタルトを造ろうとして生地を引くのを忘れてか、ひっくり返したまま焼いてしまったか、した結果普通のタルトより美味しくて、フランスを代表するお菓子になった。
 日本人が電気が流れるプラスチックを発明してノーベル賞をとった時も、実験で試薬の分量を間違えたら金属箔みたいなプラが出来て、そこから開発が始り日米共同開発まで発展して完成、携帯電話の小型化には無くてはならない技術になつたとか。島津の田中さんのノーベル賞も実験の失敗がヒントになり生まれたと聞いたよ。

Zoikhem | 2008/Mar/13 23:14

>ウェンリー様
過失の程度で結果が決まるとしても、その結果が比較的重すぎるのが医療過誤の問題です。

腕がたつ達人であっても、無謬ではありえないですよね?
そして失敗が起こった際に、何処まで責任を提示するのか…
其の線引きが非常に難しいと思います。

ウェンリー様のおじ様の例にしても、それが腕の所為なのか、微妙な病変の差異の所為なのかは、少なくとも素人にはわかりませんよね?
直ったのが技量の奇跡なのか、当然の帰結なのか。
胃がんと言っても其の難易度は様々です。


失敗が新たな果実をもたらすことに関しては其の通り。
巨視的な見れば、医療の失敗もそうだと思うのですが、当事者からすればそうは思えないのでしょうね。
ケーキの新作の為の試金石の様にはなかなか思えないのでしょう(当然)。


難しいところです。
周囲に傷病者が幾人かいるだけに深い問題であると思います。

Toris | 2008/Mar/13 23:42

人類はその少々永い歴史(笑)において
病魔に対する闘いを続け
「痛みの緩和」若しくは「延命」を勝ち取ったかもしれませんね

しかし
『死』
そのものについては…

人類はその最初の一人が生まれてから現在まで
あまりにも『無力』のままですね…

本日のお題に全く沿ってなくてすみませんでした(汗)
便りの無いのは…
良くないですよねぇ(汗&笑)

Zoikhem | 2008/Mar/14 22:43

>Toris様
『死』の定義にもよりますが、其れすらも相当(あるいは永遠)に遠ざける技法が完成しつつありますけども、さてどうなる事やら。

頼りは随時お待ちしております(笑)。

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